まだ読みかけだけど、デビッド・グレーバーの「官僚制のユートピア」(2017年12月)から、今、仕事をしながら感じているところを本当に言いあてているなと思ったので書いておく。
ここでは、官僚制的知と理論的知を比較することが役に立つ。官僚的知は、総じて、図式化にかかわっている。実際、官僚的手続きとは、例外なく、現実の社会的存在のはらむ細部のすべてを無視し、あらゆることを機械的ないし統計的な既知の定式に還元するということに等しい。書類であれ、規則であれ、闘鶏であれ、質問票であれ、その問題は、つねに単純化の問題である。類型的にいえば、キッチンにやってきて、だれが悪いのか恣意的で即座に決断を下すボスと、大きく異なるものではないのである。官僚制とつきあうよう余儀なくされるひとは、ときに次のような印象を受けるものである。じぶんが相手にしている人物は、なんらかの理由から、世界の二パーセントしか視野に入れないメガネをかけることに決めているのではないか、と。

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